オレブロ的歴史講座 スペシャル。
ハインツ・キニガドナーが語る  第1回
KTM再興のビハインドストーリー

インタビュー後夕食を共にするキニガドナー(左)、そしてチェー氏(中央)。KTMの歴史を過去から現在に渡り支えた二人と談笑するのは同じく1972年からドイツでKTMのインポーターを務め、現在もKTMのために働くスティッグマイヤー。

インタビュー後夕食を共にするキニガドナー(左)、そしてチェー氏(中央)。KTMの歴史を過去から現在に渡り支えた二人と談笑するのは同じく1972年からドイツでKTMのインポーターを務め、現在もKTMのために働くスティッグマイヤー。

1965年からKTMで45年間に渡り働いてきたチェーさんに聞いたKTMの歴史。そのインタビュー過程で偶然にも1991年の再生にまつわる話を聞く ことができました。そのストーリーを話してくれたのは、ハインツ・キニガドナー。モトクロスのワールドチャンピオンである彼が話し出したのは、KTMの現 CEO、ステファン・ピエラがどのようにしてKTM再興に関与することになったか、というキッカケについてでした。キニガドナーが語る不思議な縁と偶然。 オレブロ的歴史講座パート1のスペシャルとしてお届けします。
「私の実家はベーカリーです。80年代当時、私の職業はプロのモトクロスライダーであり、パン職人でもありました。1988年、実家の稼業が思わしくな く、モトクロスライダーとして走ることを休止し、私は稼業の再興に力を注ぎました。そのころ、ステファン・ピエラとその友人達は地元のビジネス紙に広告を だし、経営的に難しい曲面を迎えている企業を積極的に支援する仕事をしていました。私はその電話番号に連絡し、ベーカリーの再生に力を貸してもらうことに したのです。ピエラと私の友情関係はこうして始まりました。それから数年後。私とピエラがスペインのイビザにある私の家に家族をつれて一緒に休日を過ごし てたときです。KTMが破産した、という知らせを受けました。私はKTMをなんとかしたいという話を持ち掛けました。それから話し合いを続け、ついに 1991年、ステファン・ピエラはKTMを再始動させたのです。それは12月23日。奇しくもエリック・トゥルンケンポルツの命日でもありました。ピエラ はKTMのグループ企業だったバイシクル、ラジエターを生産するKTMクーラなどを分割し、身軽にした上で再生にとりくんだのです」
次回はキニガドナーが語るラリースポーツの創世記についてお届けします。(続く)

キニガドナーとの友情、そしてKTM再生を牽引した現CEOステファン・ピエラ。お気に入りのアドベンチャーとともに。

キニガドナーとの友情、そしてKTM再生を牽引した現CEOステファン・ピエラ。お気に入りのアドベンチャーとともに。