ヒストリック・モデル第7回
2005年型660RALLY

ダカール2005年のウイニングマシン。KTM660RALLY。

ダカール2005年のウイニングマシン。KTM660RALLY。

2004年12月31日。バルセロナをスタートしたテレフォニカ・バルセロナ〜ダカールは熱狂的なカタルーニャの人々に送られながらスタートを切った。 2001年からの連勝を続けるKTMファクトリーラリーチームは真冬の熱気を追い風にスタートしていったのだ。しかし、チームは深い悲しみに包まれてい た。僅か数週間前、KTMファクトリーライダーであり、ダカール優勝経験もあるリシャール・サンクが、その前哨戦とも言えるファラオラリーで事故死したか らである。ライダー達はサンクのために愛車にメモリアルステッカーを貼り、彼が残した偉業に敬意を払うと同時に友人としての思いを載せラリーに挑んだ。
しかし、そのラリーでもKTMチームは大きな悲しみに包まれることになる。多くのライダー達に慕われてきたKTMのファクトリーライダー、ファブリッツィオ・メオーニがSS11で命を落とすという信じられない事故が起こるのである。
8956キロの行程中5432キロのスペシャルステージで競われた第25回ダカール。自然と戦い、ナビゲーション技術を競い、そして数々の罠をかいくぐ る壮大なモーターアドベンチャー。それだけでも戦う相手は充分だというのに、KTMライダー達の強靱な精神力すら砕くような現実に僅か数日を残すラリーが 永遠にも続く荒野にも思えたに違いない。
このタフな状況の中、ダカールの海岸の先にあるラック・ローズのポデュームで祝福を受けたのが、シリル・デプレのKTM660ラリーだった。2003年 に2位、翌2004年には3位と確実に実績を積んだデプレ。ダカール念願の初優勝は共に戦ったチームメイトに捧げられたのだった。

ラリーを走る抜くために計算し尽くされたファクトリーマシン。燃料タンクの残量を示す縦長のウインドウはフロント、リアに4分割された燃料タンクそれぞれに装着される。

ラリーを走る抜くために計算し尽くされたファクトリーマシン。燃料タンクの残量を示す縦長のウインドウはフロント、リアに4分割された燃料タンクそれぞれに装着される。

キャンプ地でのメンテナンス性を考慮し、メカニズムを覆い隠す燃料タンクの着脱を素早く行えるよう、燃料ラインにはワンウエイバルブ付きのクイックリリースが装着される。

キャンプ地でのメンテナンス性を考慮し、メカニズムを覆い隠す燃料タンクの着脱を素早く行えるよう、燃料ラインにはワンウエイバルブ付きのクイックリリースが装着される。

強靱なスポーク、強化されたホイールリムを装着していても、ダカールラリーのスピードは簡単にリムを曲げてしまう。

強靱なスポーク、強化されたホイールリムを装着していても、ダカールラリーのスピードは簡単にリムを曲げてしまう。

力強く走るシリル・デプレと彼のKTM660ラリー

力強く走るシリル・デプレと彼のKTM660ラリー

激戦を物語るフロントフェアリング。メインスポンサーロゴのSの上に貼られているのがリシャール・サンクへのメモリアルのステッカー。

激戦を物語るフロントフェアリング。メインスポンサーロゴのSの上に貼られているのがリシャール・サンクへのメモリアルのステッカー。

デプレはメオーニのクラッシュの後、彼の名前と国旗を正面ゼッケンプレートに貼って走る。悲しみの中、サンク、メオーニとともにデプレはラリーに挑み続けた。

デプレはメオーニのクラッシュの後、彼の名前と国旗を正面ゼッケンプレートに貼って走る。悲しみの中、サンク、メオーニとともにデプレはラリーに挑み続けた。