ヒストリック・モデル第15回
大活躍したアーウィン・リヒナーの1958年型KTM Sixdays125。

1959年、オーストリア・ウイーンに姿を見せたKTM125TROPHY。ロードバージョンと異なるのはアップマフラーとセミアップのハンドルバー。タイヤのチョイスもオフロードを意識させる。タンデムシート下に設けた楕円のゼッケンプレートがムードを盛り上げる。

1959年、オーストリア・ウイーンに姿を見せたKTM125TROPHY。ロードバージョンと異なるのはアップマフラーとセミアップのハンドルバー。タイヤのチョイスもオフロードを意識させる。タンデムシート下に設けた楕円のゼッケンプレートがムードを盛り上げる。

1950年代は戦後に勃興したモーターサイクルメーカーの多くが自社製品のPRにロードレース、耐久レース、そしてオフロードレースなどでしのぎを削っ ていました。勿論創業以来KTMも同様の道をたどっていたことは言うまでもありません。その他にも125㏄エンジンに流線型をしたエアロカウルを取り付け た最高速のレコードブレーカーで180km/hの壁に挑んだり、冬季にはタイヤに特大のスパイクを取り付けたマシンで競うアイスレースにも参加していまし た。つまりKTMにとっても自己主張に余念がない時期だったのです。この時代をとともに走り続けたライダーにポール・シュバルツとアーウィン・リヒナーが います。オン、オフの区別無く活躍する彼らは正にKTMに乗るヒーローだったに違いありません。

1958年。ドイツのグラミチ・ペルテンキルヒェンで行われたインターナショナル・シックスデイズ・エンデューロに参加したアーウィン・リヒナーは 125㏄クラスでシルバーメダルを獲得する活躍をします。

ロータックス製125㏄エンジンを搭載したKTMトロフィーをベースに造られたオフロードマシン は、地上高を稼ぐためにマフラーをアップタイプに変更し、サスペンションにも手を加えられたものでした。リアシートを取り外し、その部分をラゲッジキャリ アとすべくリアフレームにラバーバンドを取り付け、補充用の燃料ボトル、タイヤチューブ、工具などを文字通り挟み込んで走っていたのです。

走行後、メンテナンススタンドの上にバイクを上げ作業を始めたリヒナー。メンテナンスしやすいようにチェーンカバーなどは取り外されている。

走行後、メンテナンススタンドの上にバイクを上げ作業を始めたリヒナー。メンテナンスしやすいようにチェーンカバーなどは取り外されている。

レース時の写真 を見るとタンクバッグからなにやら取り出しているリヒナーの姿が見られます。タイヤに付いた泥は、彼と彼のKTMが走ってきた道の険しさを思わせます。シ リンダーに掛けたカバーなども、当時の必須レースアイテムだったにちがいありません。

こうした活動を通し市販車開発をしたKTMは、1959年にはウイー ンで行われたモーターショウにKTMトロフィー125を出展します。今風に言えばスクランブラーですが、当時としてはアーウィン・リヒナーがシックスデイ ズでメダルを獲得したバイクのレプリカといえ、熱い視線を集めたことは想像に難くありません。

ビンテージKTMに息吹くレース魂。創業から57年の月日が 流れてた今もそれは変わっていません。今もKTMは市販車を鍛えるためにたくさんのヒーロー達と戦っているのです。

ブラックとベージュに塗り分けたタンク、厚手のシングルシート、アルミの前後フェンダー、スイングアームに取り付けられた空気入れ。全体の印象はコンパクトながら、125とは思えないシート高を持つ。

ブラックとベージュに塗り分けたタンク、厚手のシングルシート、アルミの前後フェンダー、スイングアームに取り付けられた空気入れ。全体の印象はコンパクトながら、125とは思えないシート高を持つ。

フロントエンドはアールズフォーク。フォークのトップブリッジのオフセットを多く取る設定。写真のバイクに装着されているコイルアウターのショックが当時のものかは不明。

フロントエンドはアールズフォーク。フォークのトップブリッジのオフセットを多く取る設定。写真のバイクに装着されているコイルアウターのショックが当時のものかは不明。

ロータックス製125㏄2ストローク単気筒エンジン。キックアームは左側。ギアボックスは4速である。

ロータックス製125㏄2ストローク単気筒エンジン。キックアームは左側。ギアボックスは4速である。

出口で絞りを入れたマフラーエンド。リアフェンダーの上を物置にすべくリアフレームにゴムバンドを巻き、補給用タンク、ツールラップなどを取り付けられていた。レースへの挑戦はプリミティブな着想を育むようだ。

出口で絞りを入れたマフラーエンド。リアフェンダーの上を物置にすべくリアフレームにゴムバンドを巻き、補給用タンク、ツールラップなどを取り付けられていた。レースへの挑戦はプリミティブな着想を育むようだ。